「青春を山に賭けて」 植村 直己著  文春文庫

登山家植村直己の最初の著作です。彼は数多くの登山や極地探検行を行いましが、本書はその最初のもので、大学山岳部の時代から世界初の5大陸最高峰登頂とヨーロッパアルプス三大北壁の一つグランドジョラス北壁冬期登攀までをまとめたもので、もっともアルピニズム色の濃いものです。
本のタイトルのように青春のエネルギーと時間のほとんどすべてを登山に注ぎ、目標の達成のためにひたむきに努力し実現しました。その意志の強さに敬服しますが、本人は少しも自慢することも奢ることもなく、すがすがしい読後感です。

私は長年高校山岳部の指導をしてきましたが、たくさんの部員にこの本を貸し与え、植村の目標に向かうひたむきさを知ってほしいと思いました。私自身もう何度読んだかわからなくなるくらいだし、自分が再読しようとするとたいてい手元に本がなく、そのたびに再々買い補わなければならず、いまの本も何度目の本かわかりません。

しかし、本当に植村のように徹底して山に夢中になっては困るということもあったけれど、幸か不幸か、そこまで登山に没入するものはいませんでした。
私は自分の子供もそうですが、生徒も自分の家族を持ったときに、自然のすばらしさを、愛する家族に伝えられる人であってほしい。そのためには自分が感動した体験がどうしても必要だと思うのです。それを手助けするのが自然を愛した私の責務だと面映くはありますが思ってきました。
話が横道にそれましたが、それほど植村の目標を実現させるひたむきさを青年期の人たちに知ってほしいと願った一冊でした。

卒業後、初めての海外の目標の山はアルプスでした。しかし、物価の高いヨーロッパで無一文に等しい植村が行っても、何日もいられません。まず、船でアメリカに渡りそこでお金を稼いでからフランスを目指すという作戦です。滞在の後半、とうとう就労ビザなしで摘発されてしまいました。が、しかしさすが目標実現の執念で日本送還ではなく、フランスへ行くことを係官に認めてもらいました。杓子定規でないアメリカもすばらしいけれど、自分の情熱と目標を理解させた植村の執念はすばらしいものです。これからフランスを拠点に植村の武者修行が始まるのですが、何事にも一途にやる植村は、つねによき理解者を得て目標にまい進して行くのです。

後年、植村さんに一度だけお会いしました。それは、若気の至りで恥ずかしいのですが、知人とエベレストは、もうツアーの登山隊まで登頂するようになっていた頃で、エベレストも値打ちが下がったというようなことを話していたら、それを聞きとがめて植村さんにエベレストはそんな山ではありませんとたしなめられてしまったという、お粗末なものでした。
それはまったく当然で、登り方しだいで、初登頂のときと同じように現在でもその困難さに変わりはないのですから。それに地球で一番高いというのも重要なことです。

それから、いくらもしないうちに、北米最高峰のマッキンリー(現在ではデナリ) で冬季単独初登頂を果たして下山中に行方不明になってしまわれました。 もう40年近く前のことです。