「ツアンポー渓谷の謎」 F.キングドン-ウォード著 岩波文庫
「空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー渓谷に挑む」 角幡唯介著 集英社文庫
「植物巡礼 プラント・ハンターの回想」 F.キングドン-ウォード著 岩波文庫

ツアンポー渓谷とは何か。チベットやヒマラヤ登山に関心の薄い方は聞いたことがないだろう。チベットに聖山カイラスというチベット仏教の聖地がある。この付近から3つの大河が流れでる。西にインダス川、サトレッジ川、東にこのヤル・ツアンポーである。ヒマラヤの山地はインド洋のはるか南にあったインド亜大陸が北上しユーラシア大陸に激突してヒマラヤの山地とチベット高原ができたというのは有名な話である。4000万年前から始まり1200万年前には現在の高度に達したといわれる。そのスピードが大変速かったので川はヒマラヤ山地を浸食して南に流れ出すことができずに西と東に流れることになった。東に流れたツアンポーは20世紀のはじめまで南のどの川につながっているのかさえ判らなかった。流れが東から南に変わるところは大屈曲点といわれ最後まで未踏査として残され、探検史上の注目の課題であった。キングドン-ウォードはこの地域と周辺を広く探検したことで知られる。彼は園芸植物の自生の少ない英国に世界の美しい花をもたらすプラントハンターとして種子採取を目的にこれらの地域に入ったのだった。彼を有名にしたのは「青いケシの国」である。表題の2冊を含めこの3冊が彼の和訳された本のすべてである。日本以外翻訳された言語はないといわれる。


一方、最後まで残された未踏査部を一人で困難な探検をしたのが2009年。つい最近で、それも角幡唯介という日本人だといえば皆、「へー」と驚くだろう。私も驚いた一人です。
さて、「ツアンポー渓谷の謎」は1924年に行われた探検行です。その目的はツアンポー渓谷周辺での植物調査と種子の採集、大屈曲部の踏査、踏査地域の高度測定(これは同行のコーダ卿が担当したようです)などで、ほぼ一年に近い大旅行です。この期間だけでも大変なことです。大部分はテント生活、たまに民家に泊まってもノミやシラミに見舞われ、雨と雪の多い地域、ときには6000mに近いところでの生活、非友好的な人々と想像しただけでも大方は尻込みしたくなる旅です。そのうえ雨や雪でも花の咲いていたときに見た植物の種が実るころ再訪し、雪を掘って種を探し出し、乾かし、整理する。なんていうことをこなせる人はどんな精神の持ち主なのかと本論から外れるけれど思ってしまいます。
未踏の大屈曲部以外でも、彼らの踏査したところは当時としては未知のところであり、興味そそられる地域です。ただし、本文は全部ではないけれど読みにくい。その理由は長いカタカナの植物の名が頻繁に出てくる。その植物にまつわる話が続く。普通の紀行文のようなわけには行かない。花の咲くころの話と、種を取っているときの話が交錯して時間の混乱が起こる。まーこれはきっと私の頭が悪いのが原因と思います。でもおおむね読んでいてワクワクして次を早く読みたいと思う。だから余計まどろっこしい。
山好きの私としてはこの地域の最高峰ナムチェバルワ7756mの雪をかぶった鋭峰の記述などは情景が浮かんでくるようでした。
未踏の大屈曲部は結局未踏のままになったけれど、キングドン-ウォードという一人の人に興味を覚えた一冊でした。3月5日カルカッタに来て、2月25日再びそこに戻って旅は終りました。
「空白の五マイル」角幡唯介著 は2009年冬に行われたヤル・ツアンポー渓谷の大屈曲部に残された最後の未踏の5マイルをただ一人で踏査し、1800年代以来の世界探険史に残された課題を解決した記録である。私はこの一冊で角幡唯介のファンになってしまった。でもそうそう探険は量産できるものではないのが残念です。一人というのは困難は倍加するけれど、一人でなければ達成できないこともあると思う。すばらしい本でした。開高健ノンフィクション賞、大宅荘一ノンフィクション賞、梅棹忠夫・山と探険文学賞を受賞
「植物巡礼」は、「プラント・ハンターの回想」という副題が付いています。この本は駿河台下の三省堂の上のほうの階に古本のフロアがあります。そこで見つけました。うれしかったです。ヤッタと思いました。1999年刊ですが絶版なのです。しかし、読み難さは上記の本と同じです。でも花好きには貴重と思います。横書きですから開始ページは左から。これも初めは抵抗がありました。最初の1~2章を読んでいたときは正直、何という本だ!と思ったこともありました。文章の組み立ては変で意味が伝わらない、論理的にもおかしいというところもあります。しかし、すべてに目をつむってウォードの行為を味わいたい。彼に言わせれば、花を見ることなしに種子を集めるのは一か八かのワクワクする可能性があるとか、20年とか30年経ってから英国でそれが咲いたとき大変な賞賛を勝ち得た。など有能なプラントハンターとしてわが意を得たりであろう。また、中国南東部の雲南、四川、チベット、ビルマ(現ミャンマー)北部などの横断山脈周辺の貴重な情報源でもありす。紀行ではないので花の話ばかりです。マグノリア、青いケシ、桜、プリムラ、シャクナゲなどこれまでキングドン-ウォードが調査旅行で頻繁に登場してきた花々のあれこれは花にも関心のある私には興味そそられるものでした。