「極夜行」  角幡唯介著  文春文庫

 角幡の「空白の五マイル」がだされたときは正直いって驚いた。そして感動を覚えた。ツアンポー渓谷の大屈曲点にある未踏の空白の5マイルはまだ健在だったのだ。それもほとんど無名に近い日本の青年が単独で走破した。その強靭な精神力に喝采をしたものだ。
こんな冒険を人生にそう何回もできるものではない。仕事をなげうって取り組んだ冒険ライターを続けてゆくのは至難ではないかと他人のことながら心配したものだ。そして次は何をするのだろうという期待もあった。そしてでたのが「極夜行」だった。
 もう、地上で地理的な探険はずいぶんまえに終わっていた。冒険を志す人々は目標を失い、新たなフィールドを探す苦労(楽しみ?)をしただろう。
極寒の極夜を何ヶ月も旅することなど誰が思いつくだろう。これこそ現代の冒険にふさわしいではないか。精神に錯乱を起こしてしまいそうだ。
この本の中にも原住民であるイヌイット、ある意味で極夜を過ごすベテランのような人々でさえ精神的に耐え切れず発症する人は多いらしい。
太陽が出ることがあたりまえの世界に住んでいる者が、数ヶ月つづく闇の世界を、生きることだけでも困難な、極寒と台風並みの烈風が荒れ狂う山岳地帯を、単独で行動するなど考えることさえ恐ろしい。
極夜行はあらかじめ食糧や燃料を前年にデポ(ジット)しておいたものが白クマにすべて食い荒らされてしまい、計画途中で帰途に着かなければならなかったが、短くなってしまった行程だけでも一級の困難さを持った冒険といっていい。
過去の何度も探検家やイヌイットの狩猟のために通られているコースでも極寒と極夜での通過などこれまでだれも試みたこともなく緊迫の冒険行であった。そして、長い極夜が明け、烈風吹きすさぶ中で始めて昇る太陽の眩しかったこと。