「開墾の記」 復刻版  坂本 直行 著  北海道新聞社刊

20231NHKの「日曜美術館」で坂本直行の番組が放映されました。おそらく再放送かと思われます。番組は坂本の著書「開墾の記」の内容に沿うように北海道南日高に入植したころを追います。厳しい原野の開拓をしながら寸暇を見つけて描くスケッチは坂本の生きる原動力のように思われます。普通なら絵など描く暇もないほど忙しく、毎日体力の限界まで仕事をする中で、わずかな時間も無駄にせず新しい絵を生み出す一途さは山を愛し、自然をいとおしむ坂本のエネルギーの元なのでしょう。

「開墾の記」は直行さん始めての著書ではないかと思います。私の持っているこの本は復刻版です。スケッチもたくさんありますが原本からの複写のためか特に風景画の線がかすれてデテールが失われています。残念なことです。しかし、その後発見された原稿から編まれた「続・開墾の記」はカラーの図版もあり美しいものになっています。ただ、続編ははじめの本のようながむしゃらでエネルギーにあふれた文章だけではなく、厳しい自然と闘いながらも報われることの少ない開拓農民への励ましや、限界、社会の無理解への憤りなどを訴えています。あるいはこのような内容を含む続編を坂本は意識して原稿を表にしなかったとも考えられなくはありません。

私は坂本の草花の絵が好きですが、いまでは風景画、特に柏の木の大樹海を前景にした日高の山並みや、太平洋岸までつづく原野の大きな広がりの絵が好きです。坂本は山を見て何が美しいか、心をとらえるかは登山者と登山をしない人とでは見方が違うのではないか、といっていますが、私は坂本の日高の山の絵を見ると自分もあの雪稜の上に立って、あわい春を感じさせる微風を頬に受けている自分を想像します。

この「開墾の記」は坂本の他の画文集と異なります。それは開拓の生活そのものを描いたものだからです。「原野から見た山」は坂本のもう一つの世界である日高の登山を書いた絵と文です。

この中の「楽古岳の便り」が好きです。子供にせがまれて登った登山記です。この楽古岳は毎日暮らす目の前にそびえて坂本の絵に出てくる常連の山です。

大分昔の話ですが、坂本直行の画文集を多く出していた御茶ノ水駅前の茗渓堂の主人坂本さん(同じ苗字なのです)にお会いしたときに「北海道に行って直行さんに会ってきましたよ」とそのときの話をしてくれましたが、直行さんに親しい人は皆「ちょっこうさん」と呼んでいるんですよ。と教えてくれました。それ以来お会いしたことはありませんが私も”ちょっこうさん”とお呼びしています。