「地図」

地図を見るのは楽しい。夢がふくらむ。平面のものが3Dで頭の中にそこの景観が浮かんでくる。つい10年位前まで、冬になると山スキーのコース選びに毎晩、地図を眺めていた。
ところで、「本」のカテゴリーで「地図」はありなのかな?地図は本屋さんでも売ってるし、地図を読むといういい方もあるからお許しいただきましょう。
私は本を読むように毎日地図を眺めます。本を読むときもたいてい地図を脇に置いて本を読む。地図帳は辞書とおなじ。未知の地名が出てくれば地図で確かめないと落ち着いて本を読み進めない。地図を見ると、その地の様子を自分の頭の中でより鮮明に想像することができる。本を読むだけよりより豊かな情報が加わるというわけだ。それに高校の地図帳にはその地域の民族、宗教、言語、資源、人口、産業、気候などいろいろな情報が提供されているので、学生時代よりも地図帳が役に立っている。この点一般の地図帳は本当に地図しか載っていないので、学校用のほうがより有用だ。これらのことは地図の受動的な利用といえるのではないかと思う。

能動的な利用の一つに登山がある。日本の国土地理院の地形図は詳細で正確である。道のない山へ行くことの多い私は25千分の1の地形図で等高線の間隔から傾斜の強さ、岩記号から障害物の有無、谷の規模や水量、植生から歩きやすさなどを調べてコースを決める。特に山スキーのときは自分の技量と傾斜の強さ、笹原などの植生から快適さや、なだれの危険度なども想像できる。このようにして安全度の高いコースを決めることができる。このような利用は能動的な利用といえるのではないかと思う。

他方、地図を利用するばかりでなく、地図を描く、作ることも大変楽しいものである。何でも作り出すことは人間の喜びの一つでしょう。ヒマラヤへ行ったとき、簡易な測量機を製造している会社にトランシットのような機器をお借りして現地で測量したことがある。ごく簡略な地図ですが、最初にして最後の地図作りでした。
このヒマラヤ登山のとき、多くの資料を集めその中に沢山のヒマラヤの概念図がありました。これを何とか縮尺を統一して広域地図を作ってみようと試みました。私の行った地域の広域図は世界にもまだなかったのです。カラコルムやネパールヒマラヤには欧米の高名な登山家や探検家がいくつかの広域概念図を書いていました。
登山資料から得られる概念図はその地域だけの狭い範囲です。大きな地図にしたら点でしかありません。この点と点を結ぶ地図を探さなければなりません。地質調査所やいくつかの大学を回ってもあまり成果はありませんでした。そこで英国とイタリアの古書店のカタログを取り寄せたところ、イタリアの古書店はかなりの複製した地図を持っていましたのでさっそく注文しました。25万分の1の縮尺でしたが期待したほどのものではありませんでした。一番役に立ったのはTPCという米国の50万分の1の地図(国内で入手可能)でした。地名の記入は少ないのですが地形は使えました。現地のシェルパに何度も手紙を書いて地名を拾ってもらいました。
この地図は後に雑誌の綴じ込み付録として6回の連載で公表しました。ところがそこで話は終わらずに、その私の書いた地図が先のイタリアの古書店で海賊版として販売されているのをカタログで知ったというおまけがつきました。

いまではグーグルアースで世界中の地理が瞬時にだれでも手に入るようになり、このようなマニア的ロマンが起きる楽しみはなくなってしまいました。

地図と本

星野道夫が高校生の頃手紙を出して村長の家にホームステーしたシシュマレフ村

星野道夫が老婦人とカヌーで下った約束の川シーンジェック川

シプトンの「地図の空白部」とカラコルム周辺の地図

中央がTPC50万分の1地形図 横1.45m、縦0.95mの大判
左はAMS100万分の1地形図 スリナガール
2枚はAMS25万分の1地形図 カラコルム西辺とインド・ラダーク
左下はマルセル・クルツのカラコルム全概念図
AMS
Army Map Service(U.S)
TPC:Tactical Pilotage Chart

私が編集作図した地図

下が初作、トレーシングペーパーに製図用ペンで書いた。
左が綴じ込み付録地図

台湾の地図

日本の旧陸地測量部5万分の1地形図4枚(青焼き複製)、昭和10年代作成
画面右上から濁水渓が、ピヤナン鞍部をはさんで左下に向かって大甲渓が流れる。
ほぼ10km置きに警察官駐在所が見える。

下は、陸地測量部5万分の1 次高山(雪山)