「ひねくれ一茶」 田辺聖子著 講談社文庫

全651ページ、二回目の通読でした。一回目を読んだのはおそらく十年位前、そのときの読後の気持ちはさすがは田辺聖子と思ったのと、この本を読んでよかった、と思ったことを覚えています。それは、そのすぐ前に読んだ本の後味がはなはだ悪かったからです。田辺聖子のファンでもあったので、違う作者の視点で書かれたもので口直しをしたいと思ったのです。読み終えて、思ったとおり一茶に対する印象はまったく別のものに変わりました。田辺聖子の文章力はすごいと改めて感じたのでした。
そもそも小林一茶は、芭蕉、蕪村と並んで江戸時代を代表する俳人であり、しかもわかりやすく、親しみのある俳句を作る人がいやみで強欲なヤツといわれるのは本当なのだろうかという疑問を感じます。このようにいわれるのは父親の遺産相続の際の義母や義弟とのやり取りの一事によるだけです。それはいまの時代も変わません。一茶の場合も種々の事情を考えれば一茶の対応は当然な権利の主張に他ならないのです。それを歴史の中でそのことをことさらにいう人があればそれによって人物評価が曲げられてゆくのは容易に想像できます。
俳句社会の中で一茶はかえって謙譲であり、またそうでなければ一茶のように地方を旅して地元の有力者を訪ね、宿、食事を世話になり句会を催してもらい路金をもらって生きてゆく者としてはそれ以外に生きてゆく道がないのです。
一茶のふるさと北信濃では当時兄弟は親の遺産を均等に分割する習慣があり、一茶の祖父もそのように均等分割したらしい。父親の遺書の通り財産を二分して相続するのは不自然ではなく、一茶がことさら強欲であったとはいえないのではないだろうか。かえって義母の一茶に対する厳しい性格が裏返して一茶に降りかかっているようにもうかがえるのではないかと思います。
田辺聖子は私のこの文章のように直接的な表現はまったくせずに、読む人を自然に一茶のファンにしてしまうという文章の魔術の使い手だなァとつくづく思います。
解説は五木寛之で「‥‥いい小説を読む醍醐味とは、たぶんこういう体験を言うのだろう」といっていて、この解説も、この本にしてこの解説ありと思うほど、この本のすべてを言い当てていて、よい解説であった。

これがまあついの栖(すみか)か雪五尺
我と来て遊べや親のない雀
春風や牛に引かれて善光寺
名月を取ってくれろと泣く子かな
痩蛙(やせがえる)負けるな一茶これにあり